2015年回顧

2015年に見た映画のベストは以下の通り。

1. マッド・マックス 怒りのデス・ロード

これはもう歴史的な傑作といっていいと思う。劇場で見なかった方々が不憫すぎる。重量物がほぼ終始絶え間なく動き続けるダイナミズム。その間を動き続け塵屑のように死んで行く小さな脆い人体。奇形的な男たちに対する「妻たち」の身体の奇跡のような清らかさ。内燃機関駆動の自動車が生きもののように魅惑的であり、その魅惑が登場人物たちをも呪縛している(最大限の賞賛の言葉が「シャイニー」で「クローム」で、特攻の前には口=フロントグリルに銀スプレー。彼らは自動車になりたいのだ)。特に感心したのはエレメントの使い方で、爆炎と土埃と風で心理的にからからに干涸びたところに水を大量放出するとそれでだけで一定のカタルシスが生じるんだが、この映画の最後の大量放出は涙が出るくらい美しい。

2. スペクター

007、ついに007になる。笑えるくらい007すぎて殆ど007のパロディだが、それでも真冬の湖の光景は身震いするくらい美しい。ロンドンをこれほど美しく陰鬱に捉えた映画はちょっとない。まごうことなきサム・メンデス作品。ある意味、俺に007は合わねえ、サム・メンデスだから、って投げ出して終り、なのかもしれない。
評価が結構割れるのは、007を見たいのかサム・メンデスを見たいのか、に左右されるからだろう。私はサム・メンデスが見たかったんで大満足だが、007が見たかった人たちには映像が厚すぎて邪魔かもしれない。

3.

ここを空けておくのは「神々のたそがれ」を見なかったからである。絶対に好みなんだが。暑い時期に重要な作品を公開するのはやめてくれ。
この先は劇場公開されていない作品になる。

4. ビースト・オブ・ノー・ネイション

netflixオリジナル。劇場公開の目処が付かない作品を買い取ってオリジナルとして公開、ということらしい。
netflix上陸は一部では黒船来寇で大騒ぎだったが、地上波を離れる層はもう離れちゃってるので、それほど影響はないと思う。むしろ打撃を被るのはレンタルだろう。ただし、netflixのただならぬ糞真面目さというか腰の座り方は大したものだ。
筋書きは極めて単純で、アフリカの子供が内戦で家族を失い軍閥に拾われて悪名高き「子ども兵」として活動後、保護される。始まった瞬間に、堪忍しろよ、と思ったのは主人公を演じる子供のモノローグで始まることで、子役にこの調子で続けさせるとメンタルにおかしくなるぞと思ったからだが、ナレーションのみならず演技でもきっちり人相変わるまでやってくれる。大したものだ。次々に展開される光景は既にカーツ大佐の王国であり、ドラン橋の向こうの世界が今やすぐそこに溢れ返っていることを痛感させる。必見。
でも、これがnetflixオリジナルで、故に大して話題になってないのは大問題だと思うんだが。

5. ロシアン・スナイパー

多分DVDだけ。
この映画の女性像は凄まじくリアルだ。人をすぱんすぱん撃つのは間違いなく愉快なことで、一度味をしめると男なんかどうでもいい(というか、自分が女であること自体がどうでもよくなる。愉快すぎて。でもまあ確かに毛糸のパンツはいるね)。お国もお墨付きをくれている。エロエロする野郎はうざいだけ。うざくないのは狙撃行を共にする相棒兼コーチのみで、結果、コーチとは必ず寝る。ただし、子ども兵と同様で、兇行の精神的ダメージはじわじわ効いてくる。
この美人だけど愛想も素っ気もない女が参戦アピールの為にアメリカに派遣され、やった人数を訊かれて309人と答える場面は実にいい。周囲はどん引きだが、本人も言ってからどん引き。挙句にウディ・ガスリーに三百人殺しの歌まで捧げられる。ルーズベルト夫人から貰ったワンピースを着る場面もいいぞ。立ち方も体の起こし方も肩の構え方も軍服仕様になっちゃってるんで、男にワンピース着せたような有様になってて無闇とごついw 大統領夫人の理解と援助があってなお女還りは無茶苦茶難儀w でも、最終的には女ぶりっこできるところまで行く。「いつまで女の陰に隠れてるつもり」って言うの、まあ情けないんだけどさ。
こういう女性のイメージがロシアから出て来るというのも驚きだ(「デイウォッチ」の特典映像で中に男の入ってる女の役をやった女優の苦労話を見た人にはお分かりだろう——サンドウィッチ頬張りながら胡座かいてテレビでスポーツ中継見て万歳してうぉおっと叫ぶ、だけでも一苦労らしいから。いや普段から普通にやってる、と言える国じゃないんだよ)で、実のところこの、ワンピース着ても頑張らないと女に見えない難儀、って、非常に多くの女性が人生のどこかで直面するものなのよ。あー女やるんすか、まあ是非にと仰るならやらないこたぁありませんがね、面倒臭ぇな。
ちなみにこの映画の男どもはひたすら可哀想。ロシア小説的男の純情やって肥やしになってるだけで、その意味では魔女の話だ。映像に無駄はない。砲撃で生き埋めとか、糞リアルだろうと思われる場面が矢鱈あるのも買える。
あと、「椿姫ラ・トラヴィアータ」がすごく効いてる。確かに道を踏み外しトラヴィアってるからね、別な方向に。

番外編:ホロウ・クラウン

Hulu。噂には聞いていたがこれはすごい。まだ最初の三回で「リチャード二世」が終わったばかりだが、見てて目が——というか耳が離せない。ほぼシェイクスピアまんまをテレビドラマ化なんだが、それがこれほど面白く、かつ、科白が一々すごすぎて耳の幸せ、なんてことが可能なのね。取り敢えず王権という憑物が剥がれて人間になって死ぬ——どころか聖人になって死ぬベン・ウィショー君に拍手。こんなにいい役者だなんて思ったことなかった。ボリングブルック役のRory Kinnearもいい。この後も、トム・ヒドルストンだのベネディクト・カンバーバッチだのの英国演劇界の誇るきらきらどころが続々登場の予定である(ヒドルストンのハル王子だけは極めて心配——「ソー」の最新回でアンソニー・ホプキンスに物凄い馬鹿にされ方してただろ、中にトムヒの入ってるホプキンス、という超かったるい駄目な芝居で)。乞うご期待。
最後に一点。今年は矢鱈スパイ映画が多かった。「M.I.」と「ワイルド・スピード」含めると。で、どれも映画としちゃ上出来なんだが、何か釈然としないのは、「悪」が余りにも普通に見えることだろう。というか、一々問題にするから話が大事になるんで実は皆さんやってるでしょ普通に。データ処理のアウトソーシング受注とか、それ悪って言うか、みたいな。スペクターの果てまで砂漠のど真ん中にデータセンター作ってダミーに入札させてる。で、暮のパリのテロみたいな大惨事を防ごうと思ったら007は必要なくて、そこらでヤクザ締めたり不良少年脅したりしてるようなお巡りの仕事になっちゃう訳だ。こういう問題は後々効いてきて、どこかで大コケすると思う。その顕著な現れは、クライマックスのチェイスでバックシートに座ってひたすらキーボード叩いてるギーク、という役回り。あれ今年何度見た? ちょっと考え直した方がいいぞ、そろそろ笑えるから。